〈日本の捻れた動物愛護感覚〉
世界的に「ペットショップの陳列で生体販売を行うのは(動物愛護の観点から)人道的ではない」というのは当然の流れといえます(もちろん良心的ショップもいるのですが)
そして「インターネット通販で生体を売るなんて、これも言語道断である」というのも、理解はできます(もちろん良心的業者もいるのですが)

ただそれを欧米の感覚で言い切ってしまえるのは「それ以外のもっと理想的な生体を譲り受ける方法がある国だから」であるということを忘れてはいけません。

現代の日本ではどうでしょうか?
「インターネット通販で生体を売るなんて、言語道断である」だから「ちゃんとした店舗(ペットショップ)で生体は購入しましょう」ということになっています。
この流れは「作られている」印象を消し去ることはできません。
もちろんこれは一部業界団体の努力の賜物で、一般のお客様はよく分からないながらも何となくそれに乗っているのが現状といえます。

本当のペットの先進国で、生体をショップに陳列しているような国はどこもありません。それこそが世界のスタンダードです。
そういった国には「しっかりとしたブリーダーから一般愛犬(愛猫)家が子犬子猫を譲り受ける」というスタイルが確立されています。
業界の流れの大元、源流ともいえる部分がそれだけクリアにハッキリしているからこそ、理想的なペットライフのスタイルがそこからスタートします。

日本にはまだそういった「ブリーダーから愛犬愛猫家へ」という道筋ができていません。むしろ、なかなかその道筋ができないようになっています。
現状で生体販売で潤っている業界が、こんな美味しいビジネスをそうそう簡単に手放すわけはないのです。

これは「愛護」とか「倫理」とか「信念」といった次元の話ではなく、もっと「経済的な」「政治的な」ハナシなのです。